2023年のJAF全日本ダートトライアル選手権は当初全8戦が組まれていたが、九州福岡のスピードパーク恋の浦で予定されていた第2戦が開催中止となったため、実質7戦のシリーズとして行われた。6月に北陸石川の輪島市門前町モータースポーツ公園の第4戦でシリーズを折り返した全日本ダートラは、7月、青森県のサーキットパーク切谷内で5戦目を迎え、後半戦に突入した。
切谷内は、全日本ダートラの東北ラウンドを長く担ってきたコースで、高低差に富んだ形状が特徴。コースの最下段にあるストレートから車速を乗せたまま駆け上がっていく左コーナーが、ギャラリースタンドのすぐ下に位置することもあって、切谷内の名物コーナーとして人気を博している。
2023年の全日本ダートラは10クラスで争われたが、各クラスのここまでの展開は様々。PNE1クラスではノワールシゲオ(スイフトスポーツ)が、PN3クラスでは竹本幸広(GR86)が、そしてSC1クラスでは山崎迅人(ミラージュ)がそれぞれ開幕3連勝を飾って、俄然、優位に立つ一方で、PN1クラスと、全日本ダートラ最速のスーパーマシンが集うDクラスは、4戦すべてウィナーが異なるという大激戦となっている。
そんな中、例年とは違った展開を見せ、注目を集めているのがランサーやGRヤリスといった4WDターボマシンが集うSA2クラスだ。このクラスを牽引してきたのはともに全日本ダートラのスタードライバーとして知られる北村和浩と荒井信介の二人。SA2クラスが創設された2005年以降、この二人以外でシリーズチャンピオンを獲得したのは2018年の鎌田卓麻ただ一人という事実から知れるように、このトップ2が圧倒的な存在感で君臨するクラスとなっている。
しかし切谷内を前にしてタイトルレースのトップに立っていたのは、これまでシリーズを一度もフルに追ったことのない浜孝佳だった。ただし浜は新世代ドライバーの一人として、早くから注目を集めてきた一人だ。2009年、20代の若さで全日本ラリーの最速クラスにデビューした時のキャッチフレーズは、“ACDランサーしか知らない男”。しかし、この言葉は当時のBライモータースポーツ界においては、少なからぬインパクトを与えるものだった。
当時の全日本ラリー、全日本ダートラの世界では、ランサー・エボリューションとスバル・インプレッサWRXがしのぎを削っていたが、ランサー・エボリューションのユーザーの多くは、初代のランエボであるⅠ~Ⅲや、2代目に当たるⅣ~Ⅵからランサーを乗り継いでいた。だが浜が最初に乗ったランサーは、ACD(アクティブセンターデフ)が新たに搭載された3代目のランエボⅦだったのだ。
浜は2007年、全日本と地区戦のトップドライバーが集う年イチのビッグイベント、JAFカップオールスターダートトライアルにエボⅦで参戦。若干26歳で優勝を果たして注目を浴び、2年後、その腕を買われ、とある新興チームのドライバーに抜擢されて全日本ラリーにデビューしたのだった。
2010年代に入ると浜は再びダートラに活躍の場を戻し、地区戦にスポット参戦を続ける一方、近場で開催される全日本にもエントリー。2021年にはホームコースである地元広島のテクニックステージタカタで開催された最終戦で全日本初優勝を果たす。4戦参戦した2022年の全日本ダートラは2度の2位が効いてランキング5番手に入り、シード権を獲得した。
2023年の浜は、開幕戦京都で全日本2勝目を獲得して最高の滑り出しを見せた。第2戦栃木も4位に入り、第3戦北海道は5位に入賞。そして石川での第5戦で2勝目を獲得した。ここまで2勝をあげたのは浜ただ一人。堂々のポイントリーダーとして切谷内に乗り込んできた。
この切谷内が終われば、残すは2戦。2022年に2位に入った福井のオートパーク今庄と、地元タカタの一戦が待ち受けるのみだ。タカタは高速のブラインドコーナーや、先が見通せないクレスト(丘越え)状のコーナーもある全国屈指の難コース。全日本を追い続けているベテランや、地区戦でタカタを走り込んでいる地元中国勢が、俄然、速さを見せるコースだ。
加えて今庄とタカタは、天候が晴れて路面の表面の砂や砂利が走行で掃けると、舗装に近いハイグリップな地の硬い路面が顔を出すコースとして知られる。ダートラでは、そうした超硬質の路面に応じたスーパードライタイヤというものがタイヤメーカーからラインナップされているのだが、浜はこのスーパードライを履くと抜群の速さを見せるのだ。
浜にとっては、今回の切谷内で高ポイントを稼げれば、有利な条件が揃う可能性も高い終盤の2戦に臨むプレッシャーを減らすことができる。だが、切谷内は今回が初走行だった。「思っていたより難しいコースで、いまは分からないことだらけ(笑)。でも何とか明日の2本目ではしっかり結果を出せるようにしたい」。決勝前日の公開練習を終えての浜は、そう翌日への決意を見せた。
迎えた決勝日。注目の第1ヒートは前日のウェット路面が残るコンディションの中、始まった。雨が降ったかと思えば止んだりと、不安定な天候が続く。浜が出走するSA2クラスのタイミングでは一旦、雨は止んだが、路面は相変わらずウェットのままだ。
そんな中、1本目のトップを奪ったのはシードゼッケンの6人の中では唯一、GRヤリスを駆る黒木陽介。北村を0.65秒差で抑えて、ただ一人、1分31秒台にタイムを乗せる。浜は、「ウェット用タイヤが全然、食わなかった」とまさかの19番手に沈む。今季、ここまで経験したことのない順位だ。
勝負が決まる第2ヒート。一番最初の決勝クラスであるPNE1クラスは、スイフトを駆る葛西キャサリン伸彦が2本目、タイムが伸びず、1本目のタイムで逃げ切るが、次のPN1クラスに入ると、1.0~1.5秒のタイムアップを果たす選手が大半を占め、地元の切谷内マイスター工藤清美が0.7秒近くタイムアップし、優勝を決める。
そして5番目の決勝クラスとなった4WDターボ勢が集うNクラスになるとタイムアップ傾向はより顕著となり、約3.7秒もタイムを詰めた矢本裕之のランサーが逆転で優勝。雨も止んで路面も急速に乾き出し、2本目勝負の様相が強くなる。そしてSA2クラスが始まる頃には、一部では砂煙が立つほどに路面は急速に乾き、完全ドライに近いコンディションとなった。
「1本目が終わった後の慣熟歩行で、地の路面が思ったよりも硬いのが分かったので、濡れているように見えても、ドライ用タイヤでも行けたんだな、と思った。1本目の走行ではまだその辺が掴めなかった」と浜。実際、浜と同じADVANタイヤを履く荒井は、黒木、北村を始め、ほとんどのドライバーがウェットタイヤで走る中、1本目からドライタイヤで走り、3番手につけていた。
浜は、自分の出走直前まで他車の走りを見て、タイヤ選択の判断をギリギリまで遅らせた。「スーパードライも一瞬、考えたけど、慣れていないコースなので、何があってもコントロールできるドライタイヤを最終的に選択した」。結果は、この時点で5番手に食い込むタイムをマーク。ポイント圏内に入れてきた。
しかしその後はシード勢が地力を見せて次々と浜を乗り越えていく。そしてラス前の黒木が、1本目と同じくウェットタイヤで勝負に出て、2秒のタイムアップに成功。1分30秒の壁を破り、再びダントツの首位に立った。だがドラマは終わらなかった。ラストゼッケンの北村が0.27秒、黒木を上回り、土壇場で打っちゃりを決めたのだ。
「黒木はウェットタイヤが好きだからね(笑)。GRヤリスも軽いから、ウェットでも行けたんだろうけど、自分は途中、雨が降ってこようが、もうドライタイヤ1本で行くと決め打ちした。2本目はだから余分なことを考えずに、ガンガン行ったよ」と振り返った北村は会心の笑顔を見せた。
浜は2.5秒、北村に遅れて9位でゴール。2ポイントを上乗せするにとどまったが、シリーズリーダーの座は守った。「終わってみればスーパードライでも行けたかな、という路面だったけど、ちょっとミスしたのが痛かった。それがなければ4~6番手は獲れたと思う。ただ、この二日間でいいデータが採れたと思うので、来年に生かしたい」と、悔しさを滲ませながら前を見据えた。
シーズン初優勝で浜とのポイント差を一気に5ポイントにまで詰めた北村は、「ここは、昔は濡れていてもスーパードライが履けるような独特の路面だったからね。だいぶ今は“砂っぽく”なったけど(笑)、ある程度、経験が問われるコースかもしれない。今日のような路面変化が激しい勝負になったら、まだ浜には負けないよ」と振り返った。
この一戦で浜の流れを止めた北村は最終戦タカタでも浜を下して2勝目を獲得。勝ち星では浜と並んでシーズンを終えたが、タカタで浜も北村に次ぐ2位でゴール。僅か2ポイント差ながら北村を抑えてシリーズチャンピオンを獲得し、2強時代を突き崩した。北村は2019年から連勝を続けてきた第6戦今庄で表彰台を逸したことが響いた形となった。
新王者浜にとってみれば、終わってみれば、切谷内の一戦が最も苦戦を強いられた形となったが、王者として迎える今季の切谷内戦は、しっかりと勝ちを狙っていくだろう。むろん、北村、荒井のリベンジに向けた動きも激しさを増す一年となるはずだ。7月の開催が早くも楽しみになってきた。
フォト&レポート/BライWeb