全日本ラリー初優勝&初タイトル。道産子ドライバー、松倉拓郎が見せた“松坂世代”の底力とは!?

 2023年のJAF全日本ラリー選手権JN5クラスは、北海道札幌市在住の松倉拓郎が初のドライバーチャンピオンを獲得した。シリーズポイントの有効戦数となる6戦に1戦満たない5戦の参戦ながら、グラベルの北海道2連戦でともに優勝を飾ったのが効いた形だ。

 今年で44歳になる松倉は20代半ばからモータースポーツ競技に参加した。始めはジムカーナに参加したが、その生きのいい走りを見た、同じ道内在住のラリードライバー、関根正人(2018&2019年全日本ラリーチャンピオン)から、「ジムカーナだけやっていたんじゃ、もったいない」と、お呼びが掛かり、ラリーに転向した。

「彼のことはジムカーナを始める前から、雑誌社主催のイベントなどで見ていて注目はしていた。FFでもドリフトしまくって、センスを感じさせたので、ジムカーナ場みたいな狭い所で走ってないで、ラリーに来いよ(笑)、と誘ったんです」とは関根。

「関根さんにラリーに引きずり込まれました(笑)。ただ、当時、乗っていたCJ4A型のミラージュが、もっと速いクルマが出てきたので、ジムカーナでなかなか勝てなくなってきたんですよ。ある意味、ミラージュが活躍できるのはラリーしかなかった」と松倉は振り返る。

 当時の松倉は、実は“ミラージュ・オタク”としても、知られる存在だった。インターネットが普及し始めたこともあって、全国各地の走り好きなコアなミラージュ・ファンから、モータースポーツ界希望の星として注目され始めてもいたのだ。「モータースポーツをする前提として、好きなクルマで勝負したいというのが一番だったので、ミラージュから乗り換えるということは考えなかった。それでラリーの世界に入ったんです」

 2011年、フル参戦1年目で地区戦を制して、翌年、地元開催のARKラリー洞爺で全日本ラリー初出場を果たす。コースオフでリタイヤと苦い初陣となったが、2015年、3度目の洞爺では師匠の関根に次ぐ2位に入り、全日本初表彰台を獲得した。この年には全日本屈指の高速ラリーとして知られるRALLY HOKKAIDOにも参戦したが、リタイヤに終わる。

 2018年には、ラリーカムイと名前を変えた全日本ARKの一戦に3年ぶりに参戦する。CJ4A型のミラージュが規定により、全日本に参戦できない形となっていたため、マシンをマツダ・デミオにスイッチした。

「2年間、活動は休止していたんですが、ラリーを辞めたつもりはなかった。デミオを得て、ラリードライバーとして、またリスタートできた感じはあった。ともかく1回、全日本で勝つ、というのが明確な目標になりました」。結果は3位。そして2021年のラリーカムイでは2位に入り、念願の全日本初優勝が目前に迫ってくる。2022年のラリーカムイではクロスミッション投入で戦闘力が向上したデミオで1日目、遂に首位に立ってラリーを折り返すが、2日目、コースオフでリタイヤ。悲願達成はまたもお預けとなった。

 しかし、この年、松倉に本州に本拠を置くチームより、声が掛かる。それは全日本のターマック(舗装)ラリーの経験が一度もない松倉に、ターマックを走ってみないかというオファーだった。舗装の走りを見てグラベルの可能性を見込まれた松倉が、今度は逆にグラベルの走りから舗装の走りを見込まれたのだった。その年の最終戦で全日本ターマックデビューを果たした松倉は、8位でラリーを終えた。

 全日本でコ・ドライバーとして長く活躍してきた高橋巧が結成したこのチームから、2023年、松倉は、本州の全日本にも参戦を果たす。本州のターマックラウンドはチームのヤリスで計3戦参戦。北海道のグラベル2戦は、自らのデミオで参戦するというスケジュールだ。「2022年の最終戦を走ってみて、全日本での自分の立ち位置というのは、何となく見えた感じはあった。それを踏まえて2023年はあくまで練習の年だと。勝負賭けるのは2024年だというのが、皆の共通した認識でした」

地元北海道ではまずジムカーナドライバーとして頭角を現しただけに、松倉のターマックのセンスに注目する関係者は少なくなかった。©BライWeb

 全日本初戦は第3戦佐賀唐津からとなったが、松倉は初参戦のこのラリーで、2位を獲得する。「クセがない道だったので、初見でもスッとコーナーに入っていけた」。だが、この望外の結果に、チームの雰囲気が変わった。経験を積むはずだった一年が、狙える一年になりそうな気配が見えてきた。

「この時点で、もう覚悟を決めるしかないな、と(笑)。実はこのラリーの最終SSで、疲れがピークに達して集中力が切れて、危うくコースアウトしかけてるんですよ。このままじゃ、この先、体が持たないと思ったんで、札幌帰ってからランニングを始めた。お陰で持久力は上がったと思います」

 第5戦京都でもディフェンディングチャンピオンの大倉聡に次ぐ2位を獲得。大倉が前戦で手痛いリタイヤを喫していたため、2台のポイント差は大きく広がらない状態で、グラベルの北海道2連戦を迎える。そして「“覚悟”のギアをもう1段上げて臨んだ」というラリーカムイで遂に全日本初優勝を獲得する。

本州に出向いてテストに参加するなどの成果がターマックラウンドで実を結んだことが、チャンピオンへのルートを切り拓いた。©BライWeb

「LEG1からトップに立って、タイム差を最後までコントロールして勝てたラリーだった。こんなに思い通りにラリーを運べて、勝っちゃっていいんだろうか、というくらいだった(笑)。あまりに時間がかかったということもあったけど、今までのあの苦労は何だったんだ、と戸惑うくらいの会心のラリーでした」

 そして続くRALLY HOKKAIDOでも優勝を果たす。ライバル、大倉がリタイヤに終わったことで形勢が逆転。ポイントリーダーに立つ。そして、この時点でチャンピオンが確定したことが後日、判明する。「ラリー当日は、誰も気づかなかったんで、誰にも祝福されなかったけど(笑)、ポディウムに家族を呼び寄せることができたので、いい思い出になりました」と、目標がダブルで達成された北海道2連戦を振り返った。

最終戦は2位に終わったものの、王座の証たるチャンピオンキャップを被ってセレモニアルフィニツシュに臨んだ。©BライWeb

 1980年生まれの松倉は、いわゆる松坂世代に当たる。野球の世界では名プレイヤーを生んではいるが、一方で、就職氷河期等の不遇な時代を強いられた“ロスト・ジェネレーション世代”とも重なる世代だ。「北海道にいても、本州のチームから声が掛かることもないわけではないと思っていたけど、何となく自分はチャンスが巡ってこない世代なんだ、と思っていた。速さを見せたところで、それで、どうなるんだ、という歯痒さは、いつもありましたね。だから自分の場合は、一年一年、粛々とただ目の前の事だけに真剣に取り組んできた結果が、チャンピオンを手繰り寄せたんだな、と。ホントに2023年は盆と正月が一緒に来た一年でした」と笑った。

 ドライバーとしての自己評価は、「運転している時は、いつもフラットになれること」が長所だという。「前のめりにならずに、いい意味で熱くならないというか、いつも最高の状態で集中できているという感覚がある。これは地区戦でも全日本でも一緒です」。それは松倉のインカー映像を見れば実感できる。運転中に発する言葉の端々には余裕を感じるほどだが、本人はしっかり限界を攻め切っているという。

 今季もヤリスとデミオを使い分けて全日本を追う。参戦数も去年よりは増えそうだ。第一の目標は、去年はチャンピオンをプレゼントできなかったコ・ドライバーの山田真記子に通算2度目となる全日本の王座に就いてもらうこと。それができれば自分も、自ずと晴れてタイトル防衛を果たせることになる。

2024年の目標は、チームに自分を推薦してくれた恩人でもあるコ・ドライバーの山田にも、チャンピオンをプレゼントすることだ。©BライWeb

 そして2番目の目標は、ターマックでの全日本初勝利をあげることだ。「昨年、最終戦のターマックのハイランドマスターズで最後に遅れてしまって勝てなかった。けれど、その原因を探ることで、またひとつ自分達には足りなかったパッケージが分かった。やらなきゃいけないことは沢山あるけど、今年も狙っていきたいです」。新たな挑戦は、もう1か月後に始まる。

すでに目標達成の北海道のグラベル2戦に続いて、今年はターマックラウンドでも初の勝利を手にすることも大きな目標の一つだ。©BライWeb

フォト&レポート/BライWeb