3月最終週に開幕した今年の全日本ダートトライアル選手権は、全国から150人の猛者が京都コスモスパークに集結。10クラスに分かれて熱いバトルを展開した。この中、参加16台がすべて同一車種というクラスがあった。いわゆるZC33S型の名で呼ばれる、現行のスズキ・スイフトスポーツのワンメイクとなったPN2クラスだ。
ZC33S型スイフトスポーツ、通称、“33”(さんさん)は、全日本ダートラでも人気車種で、AT車対象のPNE1クラスでも主力を占める。またPN車両よりも広い改造が許されるSA1クラスはRWD車も含めた2WD車対象のクラスとなるが、ここでもFF勢では主力マシンとなっている。
今年のPN2クラスはシードゼッケンの対象となる、前年のシリーズ6位までのドライバーの内、5名が残留した。チャンピオンを獲得した中島孝恭が、その証たる「071」ナンバーを貼ってクラスの最後に走る。しかし今年は彼らシード勢を脅かす大物ドライバーが2人、このクラスに移ってきた。
その一人が川島秀樹。インテグラで過去、全日本チャンピオンを獲得した実績を持つ、ベテランのFFスペシャリストだ。常に最新のFF車両をチョイスしてきた川島は、昨年はヤリスをドライブ。しかし今年はスイフトに乗り換えることを決断した。
「本当は次のスイフトスポーツに乗り換える予定だったんだけど、いつ出るか分からないからどうしようか、という時に、ちょうどいい33が手に入りそうだったので、PN2に移ることにしたんです」。だが、その初戦はまさかの15位に沈んだ。
「完全にドライバーのミス。昔のクセが出ちゃって、33のトルクの太さを生かすドライビングができなかった。まだ2回しか乗ってないけど、練習ではできていた。けれどクルマを変えた初戦というのは、やっぱり独特の緊張感があるから、それがダメな方に行っちゃったのかな」と川島。久々に乗るターボ車は、「そのトルクの凄さは、やっぱり今まで乗ってきたFFとはドライビングを変えていかないといけない」と、少々時間が必要のようだ。だがそこはベテラン。「まぁ、順々に乗りこなしていきますよ」と、最後は新たな一年に挑む心構えを教えてくれた。
もう一人の大物は、佐藤卓也。昨年、SA1クラスで最終戦まで、ともにスイフトスポーツに乗る細木智矢とチャンピオンを争った。最速の33の走りを知る東北の韋駄天ドライバーだ。細木がチャンピオンを手土産にNクラスに移ったことから、今年はSA1王者の本命と見られていたが、クラスを変えた。同じ33ながら、車両も変更し、PN車両に仕立て直した新たなマシンを駆る。
「33は2020年にPN仕様で乗ってるんだけど、新型コロナで大会数が減って結局、1回しか走れなかった。次の年からSA1に行ったので、何か、PNでやり切ってないな、という思いがずっとあったんですよ。PNっていうクラスでも、自分の腕がどこまでまだ通用するのか、見直したいというのもあって、クラス変えを決めました」
だが佐藤もPN2鮮烈デビューはならず、第1ヒートの4位から7位へ順位を落としての開幕戦となった。「完全に作戦ミス。ウェットだったので、イン側の硬い所を走ろうと思ってインベタの走りで行ったら、結果的に抑え過ぎたみたい。ゴールした時は自信満々だったんだけど、窓開けてタイム聞いたら、“ええっ”て(笑)。周りからも抑え過ぎだと言われた」。持ち前のイケイケの走りを封印したことが仇となったようだ。
戻ってきたPN2クラスの印象を問うと、「若くてパワーのあるドライバーばかりで、楽しそう。特にうちのパドックは若い子が速いから、プレッシャーが凄い。一緒にこのクラスを盛り上げていきたいですね」という答えが返ってきた。
佐藤は今年も、全日本ダートラ界では名門に数えられるチームオクヤマの一員として走る。昨年の開幕戦を制して一躍名を上げた増田拓己も、若きチームメイトとして同じクラスを走るが、その増田を凌いだ速さを見せたのが、同僚の張間(はるま)健太。コスモスパークは初走行にも関わらず、シード勢を抑え切って2位を獲得した。
張間は北海道北見市出身の27歳。就職で札幌に出てきてから、北海道が誇るレジェンドドライバー、原宴司の下でダートラを始めた。「原さんのショップが若い人が多いので、刺激になりました。原さんにも、“勢いのある若い内に、全日本にも、どんどん出ろ”と言われましたが、今年は東日本の大会が多いので、タイミングとしても、“行ける時に行こう”、と」
地元北海道では早くから地区戦で頭角を現し、全日本戦では昨年はスポット参戦した地元北海道と青森の一戦でともに3位を獲得。11月に東北エビスサーキット新南コース・スライドパークで行われたJAFカップでは、王者中島を抑えて2位を獲得するなど、新人らしからぬスピードを見せてきた。「昨年、力試しで出た大会で、いずれもいい結果が残せたので、自分の中ではいい感じで、ここまで来ています」
張間の1本目は5番手。しかし、「優勝する気満々で走った」という第2ヒートでは3台抜きを果たした。本番に強いタイプなのかもしれない。「1か所、大きなミスをしているので、その分、トップに置いて行かれたと思っていますが、今年はシリーズ全戦を追いかけることを考えると、初めてのコースでの2位はそれほど悪くはないかな、と。70~80%の力は出せたと思います」。若者らしからぬ落ち着いた風貌の持ち主は、そのルックス通りに冷静に自分の走りを振り返っていた。
優勝を飾ったのは濱口雅昭。九州在住の濱口は、昨年から地元のホームコース、スピードパーク恋の浦での一戦がコース閉鎖により全日本から外れたことで、全戦を“アウェー”で戦うというハンディを背負った。「地元の開催がないので、ここを落としたら、もうチャンピオンの芽はないと思っていた。だから負けたら北海道の一戦は行くつもりはなかったんですけど、勝ったので行っちゃいます(笑)」と濱口。
「自分はいつも、クルマを乗り換えた時は2年目から結果が出てくる。去年は33の2年目で、全日本は1回しか出られなかったけど、そこで勝てた(最終戦広島で優勝)ので、今度の33も、やり方は間違ってなかったと確信できた。今年は速い人が加わったけど、元々いたメンバーは皆、“新参者には負けられない”と思っているはず。より気合を入れて戦っていきたい」
北海道のオートスポーツランドスナガワは、はるばる福岡から遠征した2021年に、先代のスイフトスポーツで優勝を飾ったゲンのいいコース。誰が、どこで勝つのか分からないのもまた、全日本の魅力でもある。昨年も5人のウィナーが日替わり状態で誕生したこのクラスで、濱口が最後まで主役の一人を通せるのか、も注目ポイントだ。
ディフェンディングチャンピオンである中島は、1本目でぶっちぎりのトップタイムをマークしながらも、逆転を許して3位で初戦を終えた。「2本目は小さな失敗があった。路面が微妙な感じになった所で、自分が運転しながら感じたスピード感の手応えに対して、タイヤがちょっと食ってないな、という感覚があって、結果的に低いギヤで長く走り過ぎた区間があった。自分の分析としては、それだけ。ほかの区間はトップの若い二人と同じくらいは踏めたと思う」
今大会は、新加入の川島や佐藤をマークしていた、という中島。「全日本で実績を残してきたドライバーは、やることはやる、から(笑)。若い人は、当たる時は当たるが、外す時は外す。正直、トップの2人がここまで来るとは思わなかった。やっぱり若い勢いは、凄い」と素直に脱帽した。だが、むろん、あきらめてはいない。「負けたけど、自分が、もう一歩、上を行ける走りができる可能性を得た一戦でもあったから」。その進化した走りが、タイトル防衛のための強力な武器になるのだろう。
そして最後に登場は、一昨年まで2年連続してこのクラスの王座を守ってきた谷尚樹だ。チャンプ奪回のためには外せなかった今回の地元の一戦。1本目の3位から逆転を狙ったが、「1コーナーで4輪ロックさせちゃって、終わっちゃいました(笑)。去年、全然、成績が出なかったので、今日はホームコースということもあって、死ぬ気で攻めようと思ったら、気合が空回りしてしまった」と、ポイント獲得は果たせず。
3連覇を賭けて臨んだ昨年は1勝もできず、シリーズ5位に終わった。「凄く気負ってましたね。“行かなアカン、行かなアカン”というばっかりで、自分の本来の走りを見失っていた。でもコスモス以外のコースにも練習会に遠征するようにしたら、色んな人達に貴重なアドバイスをもらって、新しい技術もトライできるようになったんです。だからいまは、以前のような一発を狙える走りがまたできるようになったな、という手応えはあります。でも今日は、スタートラインにもう1回立てた、という感じがあったので、本当に勝ちたかった」と悔しさを滲ませた。
2人のトップドライバーがやってきたことも大歓迎だ。「でも正直、やることは今までと変わらないんです。クラスが外か一緒かというだけの違いで、川島さんも卓也さんも、自分の中の“FF番付”では、ずっと上にいる人で、いつかは倒さなきゃいけないと思っていた人達なので。その意味でも、今年はチャレンジャーという姿勢を忘れずに行きたいと思います」。同じクルマでしのぎを削り合って、そう遠くない、いつかにFF最速の座を極める。そんな夢と誇りを持った男達の戦いに、今年は注目していきたい。
フォト&レポート/BライWeb