2024年の全日本ジムカーナ選手権は全10戦が行われた。会場は全国7コースに分かれ、北海道オートスポーツランドスナガワ、宮城スポーツランドSUGO国際西コース、栃木モビリティリゾートもてぎ南コースの3会場では、週末に2戦を行う“ダブルヘッダー”方式が採られた。
7月20~21日に富山県のイオックスアローザ・スポーツランドで開催された第7戦は、6月のスナガワ大会と8月のSUGO大会の合間に位置する一戦となった。まだ7月だが、10戦中7戦の有効ポイント制で競われるシリーズの趨勢がここで見えてくるという形だ。
イオックスアローザは冬場はスキー客で賑わうリゾート地で、スキーシーズン以外は駐車場をジムカーナコースとして貸し出しており、JAF中部ジムカーナ選手権や初中級者対象のJMRC中部ジムカーナ北陸シリーズなどが開催されている。近年はイオックスでの全日本戦は隔年で行われており、今回の一戦は2022年以来の開催。2022、2020年は最終戦として行われたが、今季は真夏の開催となった。

イオックスアローザのコースの特徴は、台形状の広い駐車場にパイロンを置いてコースを設定するフルパイロンジムカーナであるということ。駐車場の中に排水溝が斜めに横切っているので、その蓋のラインでコースをふたつのセクションに分けるのが通例だ。そして全日本の際は、ゴール前に難易度の高いパイロンセクションを設けるのも名物になっている。
今回、この名物区間にはダブルフリーターン(以下Wフリーターン)が設定された。これはゴール直前のこの区間でふたつターンを繰り返してゴールするというもの。通常ジムカーナではターンに入る向きが指定されるが、フリーターンは自分の好きな方向で回ることができる。Wフリーターンの場合は、右回り→右回り、左回り→左回り、右回り→左回り、左回り→右回りの4通りから選ぶ形だ。

同方向で回る場合は、楕円に近いラインとなり、方向を変える場合は8の字のラインを取るということになる。規制するパイロンに触れずに最も安全に回る方法は、言うまでもなく大回りすることだが、それではまず勝利を得ることはできない。サイドブレーキを引いて、できるだけターンの速度も落とさずに一気に駆け抜けるべく、ドライバーは果敢なトライに挑む。
今回、最も劇的な展開を見せたのは、17台が参加したPN2クラスだ。優勝したのは開幕のもてぎ大会を2連勝したSHUN(シュン)で、第1ヒートでマークしたタイムで逃げ切った。そのタイムは前半区間は8番手ながら、後半区間はトップタイムをマークして一気に巻き返したもので、Wフリーターンの出来が勝利に大きく貢献したものと思われる。
熾烈を極めたのは第2ヒート、逆転を狙ってWフリーターンに勝負を賭けたドライバー達の走りだった。0.11秒差で2番手につけた地元北陸の島倉正利は、右回り→右回りを選択したが、ふたつ目のターンで曲がり切れずにパイロン手前でストップ。0.2秒差の3位で折り返した近畿の古田公保も、最初の右ターンで膨らんでふたつ目に向かう途中でパイロンに触ってしまう。
さらに第1ヒートでは、一旦ストップしてバックギアを使ったにもかかわらず5番手タイムをマークしていた小野圭一も、右→左と小さく回って好タイムが予想されたが、最初の右ターンがパイロン不通過と判定され、ミスコース扱いに。第1ヒート、後半区間でWフリーターンでパイロンに触ったラストゼッケンの小林規敏は、ソツなくふたつのターンをまとめてノーペナルティでゴールするが、SHUNからはほぼ2秒落ちの平凡なタイムに終わった。
この第2ヒートではSHUNもパイロン不通過を取られてミスコース扱いに。SHUNから6位の前田清隆までの第1ヒートの上位ドライバーは、何と誰もマトモなタイムを残せずゴールとなり、第1ヒートのオーダーがそのままリザルトになるという結果となった。小林の第1ヒートの幻のベストタイムはSYUNを1秒近くも引き離すぶっちぎりのタイムだったが、ペナルティを受けたために2本目はタイムを残さなければというプレッシャーがかかった可能性はある。今回のような難セクションが控える場合は、第1ヒートでタイムが残せたかどうかという点が心理的な側面に大きく影響するということは、十分にあり得るだろう。

「1本目は攻め過ぎず、安全なやり方で確実に決めようと思って走った。2本目は皆、攻めてくると思ったので自分も攻めていったけど、ほんのちょっと足りなかった。ただ路温が高くなっていたのでグリップダウン傾向だったとは思う。走っている時はタイムアップできると思って走ったけど、結果的には難しかったかもしれない」とSHUNは、いつものクールな表情で振り返った。
そして、「“1本1本確実に”、というのが今年のテーマなので、それがうまくいった。その日のクルマの行きたい方向にドライバーが走らせてあげる、という感じで走っているので、今年はコースの違いというのは、あまり意識しすぎないようにして走っています」とも付け加えた。イオックスの罠に必要以上に捕らわれなかったことが、勝利を引き寄せたのかもしれない。

一方、PN2クラスとは真逆の展開となったのがPN1クラス。ここまで勝ち星を分け合い、ポイントランキング1位と2位につける二人が、ともに第1ヒートで満足なタイムが残せなかったのだ。先に走った斉藤邦夫は、何とスタート脇のパイロンを触ってしまい撃沈。ポイントリーダーの朝山崇も、左→左で攻めたWフリーターンでふたつ目のターンを曲がり切れず、止まってしまう。
注目の第2ヒート。第1ヒートでは左→右を選択したラス前ゼッケンの斉藤は、「1本目は左→左が理想だと思ったけど、クルマが跳ねてしまったので急遽、ふたつ目は右に変えた。あそこでクルマの特性が掴めたのは大きかった」と今度は右→右で回ってゴール。それまで破られなかった長畑年光が第1ヒートでマークしたベストタイムを0.5秒削り取ってトップに躍り出る。
ラストゼッケンの朝山は、「最初は右→右で行くつもりだったけど、最初の右を回った時に、“ちょっとヤバイかも”と思ったので、ふたつ目は左に変えた」と、斉藤が第1ヒートで選択した8の字を描いてゴール。その差は僅か0.106秒。軍配は斉藤に上がった。

「8の字はやっぱり遅いんじゃないかな。やりやすいけど、ハンドルを切り返す分、速さは減る。朝山が8の字にした分、自分の方が速かったんじゃないか」と斉藤。「右→左は絶対に回せる自信があったので、ちょっとでも不安を感じたら8の字に変えるというのはプランBとしてあらかじめ考えていた。ただ結果としては安全に行き過ぎた。他の所はそこそこ速かったので、多分、タイム差はあそこでしょう」と朝山。二人の分析は見事に一致した。シーズン3勝目をさらった斉藤は、すでに4勝をあげている朝山に食らいつくことに成功した。最終戦の愛媛ハイランドパークみかわは朝山の地元だが、逆転タイトルへの道が見えてきた。

斉藤と同じく、負ければ王座が大きく遠のく大一番を起死回生の走りで乗り切ったのはPN3クラスのユウだ。ロ-ドスターRFを駆って2WD総合でも2番手に入る見事なタイムを第1ヒートで叩き出して優勝。中間タイムでも後続に0.5秒差をつける冴えた走りをマークしたユウは、Wフリーターンを右→右と、ひとつの小さなきれいな楕円を描くように駆け抜けてゴール。会場の実況を担当した阿久津アナが思わず、「ミラクル認定してもいい!」と叫ぶほどの完璧なターンを見せた。
「10年ほど前に、ここで同じような設定があって自分も走っているはずだけど、全然、記憶はない。ただチームの練習会で何度か今回と同じようなWフリーターンの設定をしたことがあったので、“ああいう感じでやれば、できるよな”と昔の記憶を引っ張り出して何とか走れた」とユウ。因みにPN2クラスを制したSYUNはユウのチームメイト。師匠のユウとともに、同じ練習会で腕を磨いた。桁違いの経験値が勝利を手繰り寄せたのか。

ここまでの6戦で4勝をあげ開幕戦からPN3クラスのタイトルレースをリードしてきた大多和健人は、第1ヒート、Wフリーターンを曲がり切れず、この日、11番手からスタート。だが第2ヒート、出走を待つその大多和の前で、ユウは1本目の大多和と同じようにふたつ目の右ターンを回し切れず、パイロンの前で止まってしまう。
逆転のチャンス到来かと思われたが、「ユウ選手が1本目で出した1分15秒台のタイムを自ら超えることは多分できないだろうと思っていたので、止まったのを見ても狙おうとは思わなかった。1本目を走ってみて路面のグリップが粗い所があったので15秒台は自分は出せないなと思ったんですよ。無理してゼロポイントに終わるというのだけは、やっちゃいけないと思っていた」と大多和。今度はしっかり右→右を決めて3番手までジャンプアップ。開幕戦からの連続表彰台を今回も途絶えさせなかった。
「1本目は、逆の立場だったら結構プレッシャーがかかっちゃうなぁ、というくらいの走りはできたと思うけど、大多和選手は、その程度でうろたえるドライバーじゃないから(笑)。2本目も狙っていったけど、手前の進入のラインを若干、間違えた」とユウ。今回、優勝をさらって実に通算24度目のチャンピオンを決めた“ミスタージムカーナ”、山野哲也は、「今回のWフリーターンは進入ですべてが決まる設定だった」と語った。その言葉を裏づけた形だ。

山野と並んで、全日本ジムカーナの生き字引とも言えるほどの長いキャリアを誇る斉藤は、「今日は前半で凄くタイムを稼いだけど最後のミスで台無しになっちゃう人もいれば、前半はどうでもいい走りをしたけど(笑)、最後がミラクルに決まると優勝できる可能性があるというコースだった」と、Wフリーターンを評した。
「サイド(ブレーキ)引かなかったらアローザじゃないから(笑)、サイドのテクニックをギャラリーに見てもらえたのは良かった。でも、あそこの路面と傾斜であの配置というのはちょっと難易度が高すぎたと思う。クセのない別の路面の場所でやれば結構、簡単なターンなんだ。何でもいいからやれ、と言われたら今日の参加者なら全員できるよ。でも1/1000秒を狙ってギリギリを行くから失敗する。その辺もちゃんとギャラリーに伝わってくれたら嬉しいよね」
2025年の全日本ジムカーナは、イオックスでの開催はなし。だが、これまでのローテーションに従えば来年、2026年には再び全日本が北陸富山の地に戻ってくるはずだ。パイロンマイスター達の華麗な技を、次はどんな形で堪能できるのだろうか。白熱のバトルを、とりあえず待ち焦がれよう。












フォト&レポート/BライWeb